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【第4回目】房州開運波乗り神社御朱印めぐり 二十二社版 後編

第4回目後編
御朱印めぐりタイトル

GW真っ只中!
急遽1日休みが出来たので慌てて御朱印めぐりの北端を目指したお話 の後編
さて、前編では無事に復興丼ぶりを食べてお腹いっぱいになったので、V地点の海上八幡宮に向かいます
staticmap.gif

銚子駅前より県道37号線を左折、そのまま利根川沿いに進むとやがて道路は国道356号線、通称「利根水郷ライン」というやや混雑した道路に出る。
10分ほど道なりに走行し、柴崎町の交差点を超えてすぐ左手に海上八幡宮の表参道がある。

この動画の3分50秒付近ですね。
この一の鳥居は境内の300mも手前にあります。

DSC_5904.jpg

境内はとても広く軽トラックが切り返しなしでUターンできるレベルの広さ。
DSC_5907.jpg
瓦屋根の素朴な佇まいの拝殿に国旗が掲げられている。
やっぱり神社をお参りするのは日が高い時間がイイネ!

本殿は凄く綺麗! 拝殿が素朴な感じなので殊更華やかに感じる
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海上八幡宮の社殿の裏にあるお稲荷さんはとってもカワイイ!
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左側の困り顔がタマランw 1825年に建立されたそう

ということで御朱印をいただきました。
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海上八幡宮 所在地:千葉県銚子市柴崎町1-17
 ご祭神は、譽田別尊(ほんだわけのみこと)・大帯姫命(おおたらしひめのみこと)・比賣神(ひめのみこと)3柱を合祀しています。社伝によると、大同2年(807年)に宇佐八幡を勧請して治承年間(1177~1181年)に現在の場所に遷座したといわれています。江戸時代は社領30石を有し、海上郡六十余郷の総鎮守として栄えました。現在の本殿は天和3年(1683年)に建立された三間社流造りの建築物で、県指定有形文化財になっています。
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譽田別尊は応神天皇の事で実在性がある中では最古の天皇だそうです。それ以前は文書でしかその存在が残されていないんですね。



成田線と並行する国道356号線をさらに西に走っていき野尻町から県道71号線へ入り山間部へと突入
あっという間に標高を上げ総武本線のJR猿田駅から程近い所にあるのが猿田神社
と言いたいところなんだけど、実は猿田神社の近くに作ったのが猿田駅というのが本当のお話
DSC_5924.jpg
一の鳥居は街道沿い
そして二の鳥居をくぐるとレンガ造りのカッコイイ階段がある。
DSC_5928.jpg
電車往来の本数が少なく残念ながら通過風景は見られなかったけど雰囲気がいいでしょ
この橋は明治31年にかけられたとても古いもので、総武鉄道時代からの貴重なものだそうです。

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キツイ階段が終わり境内が見えてきました。 広くてとても整備されている。

お参りを済ませたので本殿を観に行きましょう
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平成二年に葺き替えされた本殿なんだけど、すでにすっごい年季を感じる
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初秋にまた来てみたいなぁ・・・

ということで御朱印頂きました~♪
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猿田神社 所在地:千葉県銚子市猿田町1677
社伝によると、創建は第11代垂仁天皇25年(紀元前5年)と伝えられ、本殿内陣中央に猿田彦大神、右に天鈿女命、左に菊理媛命をお祀りしています。源義家・頼朝、足利氏、千葉氏、江戸幕府など各武将の崇敬が厚かったといわれ、三間社流造・檜皮葺屋根の本殿は延宝8年(1680)建立の県指定重要文化財となっています。この本殿は、記録では平安時代(807)に社殿改築、1566年には戦火によって焼失。1574年に再建し1680年に改築されました。
 御祭神の猿田彦大神は道の神、道案内の神、旅人の神としてよく知られていますが、天鈿女命は猿田彦大神の妻であり、天岩戸に天照大神が籠もってしまわれた時、その前で舞を舞って、天照大神を外に導かれるのに重要な役割を果たされた神であり、菊理媛命は伊邪那岐・伊邪那美の夫婦神の黄泉の争いの仲裁をしたと伝えられている神です。
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伊邪那岐・伊邪那美は有名な夫婦の神様ですが、その夫婦げんかの仲裁をしたとか妙に人間臭いエピソードがそそられます。



猿田から飯岡に抜ける県道211号線。 その途中は小高い丘となっていて面白いモノがいっぱい
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なんだろうねぇコレw 航空関係の施設であることは間違いないんだけど調べてもよく分からなかった

これなーんだ?
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ガンダムと答えた人はイイ線いってる!?
実は防衛省技術研究本部電子装備研究所の通称「ガメラレーダー」と呼ばれている施設。北朝鮮の弾道ミサイル実験の時にミサイルの軌道を追いかけたのもこのレーダーです。
ちなみに奥で角のように見えるのはガメラレーダーとは全く無関係な風力発電の羽で、常に回っています。
したがってガンダムに見えるのはこの瞬間だけって事です。

この後、国道126号線へと下りそのまま匝瑳市へと向かいます。



旭の市街地を抜け総武本線の干潟駅を越え、郵便局を曲がった旧道沿いにあるのが冒頭の地図で言うところのS地点である「水神社」
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チョットした児童公園のような佇まいです
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ここも地震で灯篭が倒れてしまっています。
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とても質素な境内と拝殿です。
観光するには物足りない感じがするこの水神社ですが、通りすがりのおじさんが昔この付近は湖で、そのほとりには3つの神社があり、そのうちの一つがこの水神社なのだという興味深い話を聞かせてくれました。

そのおじさんの話を元に色々と調べてみたら出てきました。水神社の由来が・・・

この地に邪神が住む椿の大木があり、香取神宮が東方の海中に椿の木ごと海中に放逐したところ、その跡地に水が溜まって海になったという伝説がある。
下総国の香取・匝瑳・海上郡の境界付近には椿海と呼ばれる51平方キロメートル(周囲なんと42km!)の湖があったのがその伝説となる椿湖
江戸時代にこの湖を太平洋に流す大干拓工事が行われ、新田開発が順調に行われ「干潟八万石」が成立したという。
そして、この干潟の干拓記念に作られた3つの神社のうちの一つが水神社というわけです。

通りすがりのおじさんが教えてくれるこういった言い伝えを聞くと、神社が地域に親しまれた存在であることがよくわかる。
以前などは全然興味なかった郷土史を面白くて仕方がないものにしてくれた水神社、大好きになりました。

ということでお参りを済ませたので宮司さん宅へ行って御朱印を貰います。
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宮司さんは元々学校の先生だったそうで、道が分かりにくいだろうと通り沿いにお孫さんを案内に立たせてくれていました。
その気遣いに、心がホッコリしましたよ~

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水神社 所在地:千葉県匝瑳市春海15
 御祭神は水波賣命(みずはのめのみこと)をお祀りしています。
 昔、大きな椿の木がありその巨木が倒れたと伝えられる椿湖がありました。江戸時代中期にこの湖を開拓して新田を造り農業振興を図り大願成就の暁には3社・5ヶ寺を建立し、神恩報謝を誓いました。そのひとつが水神社で、他に鎌数伊勢大神宮、椿神社があり、併せて新田3社と呼ばれています。
御朱印取得には電話予約が必要です→0479-72-0055
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次の神社は熊野神社。冒頭の地図でいうR地点

国道126号線をそのまま南下し、匝瑳市を通過。
横芝光ICを越え芝崎の交差点を左折、東陽野野球場付近に案内看板が出ておりそれにしたがって進むと到着する。

静かな森の中を行く表参道
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境内はそこかしこに色々な木が植えてある。
DSC_5971.jpg
四季を通して楽しめるようになっているのかも

そんな今の時期はつつじが見頃
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拝殿も新しい感じがするので、大規模に改修されたんだと思う。

一方本殿は歴史を感じさせる古さ、渋い!
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杜お所々に木の名前が記された札が付いているんだけどそこに描かれた顔が可愛らしい。
神社への親しみが湧くようなそんな工夫
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神社の裏側にある宮司さんのお宅で御朱印を頂きました。
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熊野神社 所在地:山武郡横芝光町宮川2118
御祭神は伊邪那美命(いざなみのみこと)・速玉男命(はやたまおのみこと)・事解男命(ことさかおのみこと)をお祀りしています。清和天皇の貞観18年(876年)に紀伊熊野本宮より現在の地へ勧請し旧号は宮川入之領境の宮と称されました。その後、天慶2年(937年)に平貞盛が将門の乱を鎮定した功により社殿建築神領十八貫目を寄進され、この時、熊野新宮大権現と改称されました。明治2年(1869年)に熊野神社と改まり、明治4年には郷社と定められ、東陽村・白浜村の総鎮守となり今日に至ります。
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この近辺にはあと2社あるんだけど、もうすぐ夕方4時を回るので今日はここまで。
近くにある金刀比羅神社の場所を確認して、家路につく。
だいたい家まで50分位なので半日休みでもこの近辺の2社は回れそうな感じ、本格的な夏を迎える前にもしかしたら達成できるのかもしれない。

つづく

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ガメラレーダ関連情報 2011/05

 本日四本目の更新です。 一本目「 第3週のフィギュア情報(その2) 」はこちら。 二本目「 第3週の小ねた(造形編) 」にはこちらから。 三本目「 第3週の小ねた 」は、こちらよりどうぞ。 本項は、2011年5月現在、千葉県旭市飯岡、鹿児島県下甑島の二ヶ所にて運用中?...

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